僕は高校3年の春休みに1ヶ月ほど運送屋でアルバイトをしたことがある。
10t車の助手席に乗り、運転手とともに荷物を運び、積み降ろしの作業を行うのだ。
荷物を降ろしては次の配達先に急ぎ、トラックから飛び降りては、荷物を降ろし、全てなくなったら、センターに引き返して、また荷物を積み込む。時間に余裕がないので慌ただしく、大いに疲れるのだが、トラックの助手席に乗っている間は非常に楽しかった。
10t車から見下ろす光景は別世界で、まるで公道の王者になった気分。
パートナーとなる運ちゃんは日毎に変わるのだが、皆、個性的で愉快な男たちであった。
道を歩いている女の子に向かって(窓を閉めているので当然外には聞こえない)、「お!いいケツしてんな!安産型!」と大声で吠えたり、道行く勤め人に向かって、「おい!ネクタイ!ぼやっとしてるとひき殺すぞ」と悪態をついたり、前にいく軽自動車をみて、「コラ、トミカ!潰しちゃうぞ!」と騒いだりしていた。当然、車内だけの話なので、危険なことはなく、運ちゃんと僕とでゲラゲラ笑い合いながら、肉体労働の辛さを紛らわしていたに過ぎない。
ときどき同業者の大型トラックとすれ違う際には、パッシングしたりクラクションを軽く鳴らしたりしながら片手を上げる仕草は、お互い敬意を表しているようで、これまたカッコいい。
僕たちはライオンのごとく我が物顔でサバンナをのし歩き、弱き小動物たちを見下し、別のライオンを見かけたときだけ、意識するという体。
僕は、免許を取りマイカーを運転するようになってからも、ライオンめいた気持ちになったことは一度もないので、まさしく10tトラックのなせる業であったのであろう。
そんな何十年も前のことを急に思い出したのは、TEDである実験結果についてのプレゼンを見る機会があったからだ。
その実験とは、こうだ。
無差別に選別されたペア100組を実験対象にし、そのペアでモノポリーをやる。
ただ、これだけ。
といっても、ただのモノポリーではない。ルールにちょっとした仕掛けがある。
ペアの片方にのみ有利な条件を与えるのだ。
つまり、ハンディキャップ戦である。
そのハンディとは、片方のみスタート時の所持金が多い、片方のみ途中で貰える報酬は2倍、片方のみサイコロ2つ振れるなど。ハンディキャップ戦と言えども、どう転んでも有利な方は負けっこない設定である。
便宜上、下駄を履かせてもらっている方を、つまり負けっこない方を「金持ちプレイヤー」、そうでない方を「貧乏プレイヤー」とする。
負けっこない設定なので「金持ちプレイヤー」はどんどん土地を買い、どんどんビルを建て、どんどん金を積み上げる。
「貧乏プレイヤー」からどんどん金を巻き上げる。
金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に。
はあー、現実世界と同じだね、現実の「金持ち」も生まれた時から下駄を履いてるものね、ハンディキャップモノポリーと同じだね、はあー嫌だ嫌だ…
…という実験ではない。
ハンディキャップモノポリーで「金持ちプレイヤー」に割り当てられた単なる小市民が、モノポリーといえども、金がザクザクの状況に置かれるとどういう心境の変化が訪れるのか?
というのが本当の検証目的であるのだ。
では、彼らはどのように変わったのか?
ここから隠しカメラの映像が流れる。
当初はなんかおかしいな?と訝かしかっていた「金持ちプレイヤー」は、ゲームが進むにつれてその態度に変化が訪れる。
・乱暴に叩きつけるように駒を進める(1!、2!、3!、4!バン、バン、バン!という感じ)
・イェーイ!、ヒャッハー!など大げさなリアクションをとる(イェーイ!また買い占めちゃったよ〜!)
・貧乏プレイヤーも食べることが許されている茶菓子を金持ちプレイヤーばかりが貪り食うようになる(お金、それだけしかもってないのw、ボリボリムシャムシャ)
最初は恐る恐るゲーム始めた小市民が金と権力を手にした途端にヒヤッハー!オラオラァ!である。
そう、厨二病全開の高3の僕が、10tトラックに乗ってヒャッハーとはしゃいでいたのと同じ構造である。
人のことは笑えない。
何しろ、たかだか10tトラックに乗っただけで、ヒャッハーな僕だ。おそらく金や権力を手に入れたら、それこそスーパーヒャッハーであろう。
そして実験が示している通り、おそらく誰にでも起こりうる変化なのであろう。
この実験は僕らに示唆する。
気をつけろ、油断するなと。
どんなにまともな奴も、どんなに愉快な奴も、どんなに義理堅い奴も、みんな金や権力を手にした途端に、むき出しの強欲でヒャッハーと襲いかかってくるのだ。
だから気をつけろ。
あら?あの人はお金持ちだけどまともな人よ?と思っても油断してはいけない。狡猾にその態度を隠し、僕らに近寄ってくる。
何のために?
もっともっと、むしり取るためだ。騙されるな。
周りの金持ち、権力者に気をつけろ。
騙されるな、毟られるな。
さらに実験は続く。
僕が本当に恐ろしいと思ったのは、この後だ。
実験をおこなった博士は言う。
「金持ちプレイヤーにゲームの後、インタビューしたんです。このゲームはどうでしたか?と」
「彼らはたまたま与えられたハンディについては、まるでそれがなかったかのように振る舞うのです。いかに自分がゲームに勝つために努力したかを説明するのです…」
現実世界の強者たちの振る舞いそのものだ。
僕たちはずっと罵られ続けてきた。
お前たちは努力が足りない、お前たちは無能だ、お前たちはクズだ、甘えるな、自己責任だ、と。
僕はずっと「臆面もなく堂々と自己責任を唱えるのだから、彼らは努力して今の地位を築いたに違いない」と思っていた。なんとなく、「ほんとにそうかな?運がいいだけじゃないのかな?」と心のどこかで思いながら。
そう、なんてことはない。運が良かったこと、ハンディをもらっていたことなど、全部なかったことになっているのだ。彼らの中では。
なるほど、それでは運が悪い者に対して寄り添う気持ちなど持ちようがないだろう。虐げられた者たちに対して憐憫の情など持ち得ないだろう。
甘えるな、自己責任だ、お前たちからもっと毟ってやる、当然の権利だ、俺たちは選ばれし者たちだ、上級国民だ、ひかえおろう…
10t車に乗ってイキったガキとなんら変わらないのだ。
僕たちができることは、彼らは金と権力ですっかり変質してしまっていることをしっかりと認識し、彼らの言うことなすことを鵜呑みにせずに慎重に対応することだ。
合言葉は「毟られるな」だ。
(博士の実験はさらに続くが、それについては実際のプレゼン動画を見ていただきたいと思う)