前回の続き。
謎の家へ探検にでた僕と従兄弟のケンジ。その家の主である「ともッつぁん」に招かれて、謎の家に入ったのだが……
そろそろ潮時か……
といっても僕らは子供。
本日は貴重なお話をありがとうございました、次の予定がございますのでそろそろ失礼させていただきますね、
なんていう老獪なセリフが吐けるはずもなく、帰りたいけどどうすればいいのだろう、ともッつぁんを怒らせずに帰るにはどうすればいいのだろう、
ウンコしたくなったので、そろそろ帰りますと言おうか、いや、便所貸してやると言われたらお終いだ、
おなか減ったので帰ります、といったら変なもの喰わされそうだ。
ミッションインポッシブル。
懸命に脳味噌をフル回転させているその時に突然ともッつぁんが正気(?)に戻ったように、落ち着いた口調で声をひそめて、こう言った。
「おまえら、金と銀、どっちがええ?」
???????
ポカンである。
ジョーンズ博士もお供の少年もポカンである。
さっきの007がどうのこうのとホザいていたのはどこに行った???
しかも答えたら、金か銀か好きな方をもらえそうな雰囲気をバンバンに醸し出していやがる。
僕たちは顔を見合わせて、口々に
「僕は金がいいかな」
「じゃ僕は銀!」
と答えた。
「あほう!、銀はやめとけ、金はな、銀の100万倍価値があるんじぇ、だからおまえ等は金持ちになれんのや、人生棒に振るで!」
(ほんなら最初から聞くなよ)と思いながらも、
「わかった。ほんなら、僕も金や」
と勢いよく答えた。
ともッつぁんは満足そうな笑顔を浮かべ、おもむろに立ち上がり、押入からなにやらゴソゴソと取り出した。
それは錆びたクッキーの缶であり、開けるとこれまた古びた錆びたネックレスやブレスレットが大量にはいっていた。
「うわ!なにこれ!すごいやん!」
ケンジは大喜びである。僕は(金って錆びるんだっけ?)と若干の不信感は抱きながらも、やはりそこはクソガキ、「すごいやん!」と喜んだ。
「どれでも好きなもん、1本だけ持っていてええで」
ともッつぁんの得意顔が西日に照らされて真っ赤である(今思うとただ泥酔していたのかもしれない……)。
「時価3億円やで」
僕たちは金のネックレスを選びながら、「なんでこんなに金があるん?」と尋ねた。
「実はな、わいは若い頃、中近東におったんや、仕事でな、中近東といえば金鉱脈やろ、毎日毎日旅をしながら金を掘り続けとったんや、今日はインド、明日はブラジルといった具合や」
ん?ブラジルって中近東だっけ?
「数年の放浪生活の果てにわいはとうとう掘り当てたんや、金鉱脈を」
「え!すごいやん。一人で見つけたの?」
「いや、仲間達とや、荒くれ仲間や。その日から毎晩酒盛りやで。酒に金を入れて飲むんぞ。知っとーか?金を飲むと金色のウンチが出るんぞ。キンキラうんちや、時価数百万円のウンチやで」
「キンキラうんち!」ケンジは目を輝かせて鸚鵡返し。
その後もキラキラうんちかぁとブツブツいっていたので、ケンジのツボのはまったようである。所詮はガキだ。
ん?ちょっと待てよ、
キンキラうんちはええとして、中近東って金とれたっけ?
確か石油じゃなかったか?
クラスの田中はいつも手がべとべとで、みんなに手が油でべとべとやな~、おまえはアラブか、石油輸出国機構か、OPEC(オペック)か?とからかわれてたな、
そういや田中のやつ近頃オペヤンって呼ばれてるもんな、
クラスの女子にオペヤンとフォークダンスするのいやや!
って言われて、みんなで大笑いしたっけ……
やっぱそうだよ、中近東はOPECだよ石油だよ、
やっぱ、ともッつぁん、ウソこいてるよ……
といっても、そんなことを指摘することもできず、まあ石油がとれるところなら、金もとれるのかもしれぬと自らを納得させ、なるべく錆びていないネックレスを真剣に選んだ。
ともッつぁん曰く「時価3億円」の財宝の中から一本ずつのネックレスを選び終わった僕らに対し、彼はなんども「また金やるから遊びにこいよ」と繰り返し、さらに「金鉱脈のことは内緒やで、命がいくつあっても足らん」となんどもつけ加え、僕らを送り出してくれた。
僕らは意気揚々で引き上げた。気分は失われたアークを見つけた映画のヒーローの気分。
大声でインディージョーンズのテーマソングを口ずさみながら、二人はノリノリである。
叔父さんに見せたら驚くやろな?いやいや、ともッつぁんとは内緒にする約束やしな、しかしオペックで金がとれるとは知らなんだな、などと考えながら薄暗くなりかけた道中を急いだ。
無事到着すると、叔父がちょうど配達から戻り、引き上げてきたビール瓶を片づけているところだった。
「どこ、いっきょったん??」
「うん、ともッつぁんのとこ!」ケンジが元気に答える。
あ~もう!完全にアホや、ガキや、なぜ誘導尋問(その当時、覚えたての言葉。そもそも誘導尋問でも何でもないのだが)にひっかかる。
僕は同じく子供ながら、ケンジの幼稚さ加減に頭を抱えた。
瞬時に叔父の顔色が変わった。
「なんで、あんなクズのところにいったんや!」
ともッつぁんどころではない、自分の親父を怒らせたら今後の生活に不具合が生じると子供ながらにいやらしい計算したケンジは「き、き、金もらったんや」とあっさりゲロした。
「なに~?みせい!」
これまで見たこともない憤怒の様相と、聞いたこともないヤクザ口調に、僕も慌てふためいて「お、オペック」とだけ言って金のネックレスをポケットから抜き出した。
「なにが金や!」
叔父さんはそれを真っ二つに引きちぎった。
「クソが!」
叔父さんはさらにそれを真っ二つに引きちぎった。
「クソが!クソが!クソが!」
「おまえもはよう出せい!」
ケンジがおずおずと出したネックレスを、また真っ二つの真っ二つである。
それから、それらをともッつぁんの家がある方向の暗闇に向かって、「クソが!」と叩きつけるように投げつけた。
たしかに僕も薄々は偽物ではないか?と疑ってもいたが、ともッつぁんが中近東から運んできた思いでの品であるからか、なんとなく悲しい思いがして、飛んでいくネックレスを見ながら「あ~!」と情けない悲鳴をあげてしまった。
叔父は付き物が落ちたように、落ち着いた声で「あちゃら側の奴らと付き合ったらあかん、あいつらと僕らは違うんやけんな」と言った。
あとから母から聞かされたところによると、ともッつぁんは確かにとんでもないクズ野郎らしい。
定職にもつかず(生まれてから働いたことがないらしい)、酒ばかり飲み、暴力を振るい、苦言を呈する奥さんを木に縛り付けて棒で叩くありさま。
クソアル中のクソDV野郎である。
また、中近東どころか、あの「家」のある町内から一歩もでたことがないそうで、ほら吹き野郎でもあった。
奥さんを木に縛り付けて棒で叩く話は、子供の僕に「八墓村」や「犬神家の一族」を想起させ、ひどく恐ろしい思いをした。
また「あちゃら側」という言葉が、なにか異世界を指すように感じられ、ともッつぁんのいる側は「こちら側」とは違う世界であり、近づいてはならないというタブーを犯してしまったかのように感じ、ひどくゲンナリもした。
反面、叔父を含む大人達が「あちゃら側」と口汚くののしる世界に、僕はいつか「あちゃら側」で生きていくことになるかもしれないと、なんとなく予感めいたものが沸き上がった。
「こちら側」のヒーローであった叔父さんとそれに対比するように現れた「あちゃら側」の住人である、ともッつぁん。
対比はときに、お互いの陰影をより深く際立てるというが、このたびの対比は「僕にとっては」ヒーローとは高見にいるのではなく、ともッつぁんの位置にいて、ただ引かれたラインのこちら側にいるか「あちゃら側」にいるだけであることを際だたせたにすぎなかった。
つまりはヒーローは高見にはおらず、ともッつぁんと地続きだったのである。
このとき、僕はなにかを失ったのだろうと思う。人は失ってはじめて得られるものがあるという。
亡失の過程を重ねることが、すなわち成長するということなのだろうか。
もっとも成長とは何もいいことばかりではなく、むしろ苦々しいものばかりであり、僕はこの時なにかを失い、ビターななにかを口に含んだのだ。
いま振り返って思うと分析じみた感想を述べることができるのだが、当時の僕としては、それまでの叔父への強烈な興味が薄らいでいくのをぼんやりと感じただけであった。
これが僕の少年時代のあの冬の思い出話である。
それから数年がたった。いくつかのビターななにかを口に含んで高校生になった頃。
あの中東の金脈を掘り当てたあの男が死んだらしいことを聞いた。
時価3億円の財宝を隠し持つ男。
キンキラうんちの経験者。
「家」で死んだのではなく、田圃のど真ん中で突っ伏して事切れていたそうだ。
「ともッつぁん」らしいな。
僕は、すっかり忘れてしまった彼の面影をなんとか思い描こうとしたが、すぐにあきらめた。
代わりに、田圃に頭から突っ伏した彼の周りをあの犬どもが心配そうに取り囲んでいるイメージが脳裏に浮かんだ。
そしてジョーンズ博士と少年のテーマソングを口ずさんでみたが、あの頃のようにはうまく歌えなかった。
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