おいおい、今日も!日付変更線!超えちゃったよ!日付!変更!線!
シュニンがゲジゲジ眉毛を歪めてラップ調で吠える。
まったく国際線のパイロットじゃないっつーの!
ヨッちゃんが金切り声をあげる。
自分、ずっとマトモなもの食べてないんッスよ〜!
プーさんが歌舞伎揚をバリバリ貪りながら、ため息をつく。
この10日ぐらい、休みなしの連続勤務、会社を出るのは夜中の1時過ぎという地獄のような毎日。
中小の工事業者が大きな会社とお付き合いするためには、県や国が発行する免許がいるようになったそうだ。
今までは免許なんか関係なく、担当者同士で仲良くズブズブ、ヨイヨイ、シャンシャンやっていたのだが、それをよくは思わない頭でっかちの大企業の役員さんの肝いりなのか、あるいは大手側の担当者が「そろそろこの業者、切りどきかな」と考えて無理難題を吹っかけてきたのかはわからないのだが、中小工事業者にとっては死活問題なわけで、
助けて!
なんでもいいから免許取って!
アズスーンアズポッシブルで取って!
取れなきゃお前との付き合いやめるからな(怒)
と、大→中→小(僕らの事務所)で圧迫祭が絶賛開催中のあおりを受けての、連日の日付変更線越えであった。
まったく世の中は理不尽なもので、大手が思いつきで始めたことが、下にゴロゴロ転がって行くにつれて、馬鹿でかい元気玉になって、僕らのような末端を直撃する。
彼らは自分たちの思いつきが、とんでもない衝撃を与えていることなど、露とも知らず毎日高いびきで寝ていることだろう。
ピラミッドの上の方にいると思って高を括っていると、痛い目にあうぞ、いくらデカいピラミッドといえども一番下のブロックが崩れたら、すべてが崩れることを想像しろよな、と言いたくなるのだが、残念ながら、ピラミッドの角の石は思いのほか頑丈で、連日の残業にも持ちこたえ、おかげで奴らは今日も安泰だ。
こんなアホみたいな仕事を取ってきたアミーゴ所長は2週間前に
「日頃、お世話になっているお客様が困ってらっしゃる。我々でなんとかしてあげようじゃないか!働くとは、”傍(ハタ)の人を楽(ラク)にする”という意味がある!カネ目当ては本来の意味では働く(ハタラク)ではない。それは単なるエゴである」
とのたまった。
僕らはお互いに能面のような顔を見合わせて、コイツ、トウトウ、クルッタカとテレパシーを送りあった。
アミーゴが「我々とお客様の絆が〜」とさらに言い募っているのを見ると、一時的に錯乱しているわけでなく、どうやら本気で思っているような風で、それはそれで気持ちの悪いことであった。
テレビでいけ好かない成功者が、「お客様に幸せを届けたい一心でやっております」的なことをほざいているのを見ると、本当に胸糞悪い。
「お金のために頑張ってやってます」とはっきり言えよ、いつか会ったら殴ってやるからな、と思うのだが、アミーゴ先生も小銭が貯まって、とうとうその境地に達したのか?と薄ら寒い思い。
さらにアミーゴ先生の基調講演は続いた。
「今回の仕事は確かにタフである。しかし、私が適正に工数を見積もったところ、毎日定時に帰っても十分締め切りに間に合うことがわかった。だから皆さんは安心して欲しい」
「私の見積もった工数を超えることがあれば、つまり残業しなければならないとしたら、それは怠慢である、怠惰である、怠けである、適正に仕事をした人には普通の給与、怠惰な人に残業代を支払う、これは明らかにおかしいのではないか、いや最早、給与泥棒という名の犯罪である!」
とヒトラーばりの身振り手振りで吠える。
一瞬、確かにそうだなーと思ったものの、となりのヨッちゃんの顔を盗み見ると、またまたお面のような表情だったので、すぐに現実に引き戻され、洗脳されるには至らなかった。
アミーゴ先生の基調講演は無事に終わったが、簡単に言うと、タフな仕事を頑張って片付けろ、ただし残業代は出さない、という精神論と兵糧攻めの合わせ技。ヒトラーでなく旧日本軍の牟田口将軍のようで、なおタチが悪い。
こうして、パターン死の行進作戦が始まった。
毎晩、朦朧とした頭を抱えながら死の行進を続けながら、思ったのだが、このクソみたいな書類作りはパソコンを使えば簡単にできるのではないか?ということだ。
もっとも事務所にはパソコンなどない。オアシスというワープロがあるだけだ。
久しぶりの休みに本屋に行くと、「はじめてのExcel」という本があり、パラパラめくると、毎晩うんうん言いながら僕らが作っている表が簡単にできると書いてあるではないか。これだ!と膝を打ち、すぐに買い求めた。
そして、その足で秋葉原にいき、パソコンを物色。
どれがいいかサッパリ分からない。
「10万円を切る衝撃のノートパソコン」というポップに惹かれ、店員に尋ねると、お目が高いとばかりに、近づいてきて、何だかんだと講釈を垂れだした。
何の話をしているのかサッパリ分からないので、とにかくExcelが使えればいいや、後のものはいらねー、インターネット?そんな機能は使わねーから外してくれ、無駄な金だ、と応答した。
それでもネットが、ネットが、と食い下がってくるので、俺はExcelしか使わないから、他のものはいらねーの!と強い口調で返すと、ようやく「10万円を切る衝撃のノートパソコン」を購入することができた。
支払いはもちろん「マルイの赤いカード」である。
その晩は取り憑かれたように「10万円を切る衝撃のノートパソコン」を弄りまくった。そして本題の「はじめてのExcel」に取り掛かる。
最初は手こずったが、求める表らしきものを完成させた。すでに外は白んできていた。
眠い目をこすりながら、バックに「10万円を切る衝撃のノートパソコン」を突っ込み、事務所に向かう。
おい、何してたんだよ、遅いぞーとシュニンが咎めた声をあげる。
僕は誇らしげに、見てくれ!とカバンから仰々しくパソコンを取り出した。
ヨッちゃんもプーさんもなんだなんだと集まってくる。
皆の衆、刮目せよ!これがExcelだ!これで残業地獄から抜けられるぞ!と高らかに宣言をした。
僕がぎこちない手つきでExcelを操作し、徹夜で作った表を映し出すと、みんなから歓声があがる。なんとも誇らしい気分。大枚叩いてパソコン買って徹夜してExcelをいじった甲斐があったものだ。なんだか「10万円を切る衝撃のノートパソコン」も誇らしげにハードディスクをカリカリいわしている。
とにかく表は完成した。あとは手書きの表に書き写すだけだ。最も字が綺麗なヨッちゃんが書き写しを担当。最後に写しミスがないかシュニンが確認して、長い長いパターン死の行進作戦はここに完逐したのだった。
あとはアミーゴに、どうだ!これでも喰らえ、とその鼻先に表を押し付けてギャフンと言わせてやろうと、彼のいる所長室に向かった。
「先生、表できましたよ」
「えっ!もうできたの?」
もうできたの?じゃねえだろ、お前の完璧な工数計算じゃとっくに終わってるはずなんだよ!と心の中で毒づきながら、パソコンの前にいざなう。
ぎゃふん、と言わせると同時に、この事務所にパソコンを導入させてやろうと僕は自信たっぷり。
「エクセルだかマクセルだか知らないけど、すごいなー、時代は進歩しているんだなー」
とクソみたいな感想を述べると、特に労いの言葉もなく、客先に電話をかけ始めた。
「ご依頼頂いてました集計表ですが、当社にコンピュータプログラミングできるものがいましてね、彼にプログラミングでエクセルを作らせましてね、いや、苦労しましたが、なんとかできましたわ、当社も時代に置いていかれないように最新の情報を入手しながら…いやあ、うわっはっは!それではまた近いうちに一杯!では!」
アミーゴは電話を置いて、僕らを見渡し、おもむろに言った。
「よし、みんなもタケオを見習って、節約してエクセルを買うように!何のために給料を払っていると思っているんだ!これは業務命令だ、馬鹿みたいにパチンコしている暇があったら、お金を貯めてエクセルを買うこと。以上!」
僕たちは能面のような顔でテレパシーを飛ばしあった。
イツカ、コロス・・・