いつだったか、ボスのアミーゴ先生に
「仕事が早い人は定時に帰って残業代がもらえず可哀想。
反面、仕事が遅い人は残業代でウハウハだ。
こんな世の中はナンセンスだ、不条理だ。
そこで俺は仕事の遅い人の残業代を削ることで、世の中の矛盾を解消するのだ」
的な謎理論をまくし立てられ、不覚にも「なるほど!」と納得しかけた僕であったが、本日またもや謎理論に遭遇した。
発信元はやはりアミーゴ先生だ。
「ミスなく仕事をして定時に帰る人には当然残業代が出ない。ミスをして、そのリカバリーのために残業する人がウハウハになる。
これって変だよなよ?
よって、今後はミスのリカバリーのために残業は残業とみなさない。また、同僚のミスをリカバリーするために残業するのも同じ意味なので、同罪とする。
なお、だからと言って、ミスをした同僚を放ったらかしにして、先に帰るような外道も許さない。
人というのは助け合うもの、それすら出来ない者はすなわち外道だ。
ボーナスの査定時に考慮するので、悪しからず」
前段の「ミスをリカバリーするための残業は許さない」は、まあいいだろう。
いわば「仕事が遅い人には残業代を出さない」という謎理論の変形版だからだ。
後段の「同僚を放ったらかしにして、帰る奴も同罪とする」というのが納得いかない。
また、「そんな奴は外道だ」というのにも、ひとこと言わせて貰えば、外道はどっちだ、お前の血は何色だ、である。
いつか、そのチョビ髭の生えているところあたり(人中っていうの?)にコブシをめり込ませてやると誓った。
「残業代をなんか一度ももらったことないよ」
もっとも社歴の長いベテラン社員(といっても1年半)であるシュニンがぽつり。
それは、仕事が早くていつも定時に帰るから残業代をもらったことがないというポジティブな意味ではないのはご承知の通り。
そもそも定時に帰るなど僕らにはあり得なかった。
一度シュニンがのっぴきならない用事があるため、早めにそっと帰った(といっても、20時になろうとしていたが)ところ、アミーゴ先生に勘付かれ、
「なんでこんなに早く帰るんだ(怒)、責任感のない奴め、おい、プーさん、お前、自転車で追いかけて連れ戻してこい!」
とトバッチリを受けたプーさんが、重い身体でえっちらおっちら自転車漕いで迎えに行き、捕まえたシュニンとともに、二人乗りで事務所に戻る途中で、警官に止められて説教を受け、かなり時間をロスして戻ってきたところ、
「なにブラブラしてるんだ、駅まで捕まえに行くのに何分かかってるんだ、このノロマが!だからお前はダメなんだ!」
と早上がり(?)しようとしたシュニンのことはすっかり忘れ去られ、プーさんに対するダメ出しでそこから1時間近くお小言を食らう始末。
まったくもってツイテナイ男である。
たしかにプーさんはアミーゴのお小言に捕まるケースが多く、そのせいで、時間をロスし、罵詈雑言で心をささくれさせ、ロスした時間を取り戻すべく、ささくれた心で慌てて仕事をしようものなら、やらなくてもよいミスを犯し、そのミスをリカバーするために、また慌てて、さらにミスを犯すという負の連鎖に陥ることがしばしばだった。
「もともと忘れっぽい上に、さらにお小言の後だと血圧が上がっちゃって、やるべきことをすっかり忘れちゃうんですよ、どうすればいいですか?」
いつになく真剣な表情で、歌舞伎揚を頬張りながら、1.5リットルのペプシ片手のプーさんが僕らに聞いてきた。
気のせいか、彼はここのところ、ますます太ったような気がする。
「それだったらいい方法があるよ!お買い物リストみたいに、やらなきゃいけないことリストを作ってポケットにいれておくんだよ」
とシュニンがナイスアイデア。
小さい頃に親に買い物頼まれたときに持たされただろ?あれと一緒だよ、と得意顔。
「そうよ!迷ったときは初心に帰れ、ってよくいうじゃない?あなたも小学生に戻ったつもりで、試してみたら?」
とヨッちゃんも後押し。
なんか子供みたいだなーとブツブツ言いながら、大きな体を丸めて、リストを作り始めた。
よし出来たぞ!と鼻の穴を膨らませて、僕らに向けてリストを高々と掲げた。
・お客さんに迷惑をかけないようにする。
・電話の声はハキハキと。
・アミーゴに怒られないようにする。
「いいんだけどさ…」
「そうねー…」
「もう少し具体的に書いた方が…」
「項目が増えてもいいからさ、もっと細かくさ」
・田中さんの書類を役所に提出する。
・山田さんに見積書を提出する。
・吉田さんに次回の訪問日の確認をする。
・アミーゴに怒られないようにする。
「いいんじゃないか!」
「これを毎日作ればいいのよ!」
「おー、俺も真似しよかな…」
「でも、最後のはいらないんじゃないかしら?」
みんなでワイワイやっていたところ、突然プーさんが「しまった!」と声を上げた。
大事なことを書き忘れてましたよ、とリストの一番上の余白に「リストを毎日作る」と書き入れた。
「そうね、毎日作ることに意味があるからね」
「それを一番上に書くのはエライぞ!」
「これでバッチリだな」
みんなでワイワイやりながら、「プーさんリスト」を見ていると愉快な気分になり、つらい残業地獄を一時でも忘れることができた。
まったりし、そろそろ仕事に戻ろうかと思ったところ、
「あ!」
ヨッちゃんが声を上げる。
「そもそもリストを見ることを忘れたらどうするのよ!」
これには一同、はっとした。
そうだ、プーさんはびっくりするぐらいのうっかり者。
リストを見るのを忘れるのは、もっともありそうなケアレスミスだ。
プーさんが慌てて、リストを取り出して、付け加えた。
・リストを見る!
そして、フーッと満足そうな吐息をつき、うまそうに1.5リットルのペプシをグビリとあおった。
満足そうなプーさん以外は、なんとなく腑に落ちない感じをいだきなからも、やはり愉快な気分になり、気持ちよく仕事に戻ることができた。クソのような仕事であることには変わりないのだが。
それから、数日。
プーさんのミスが大幅に減ったのだ!「やらなきゃいけないリスト」の効果だ。
アミーゴはというと、ストレス解消の恰好のサンドバッグを突如として取り上げられて、ますますヒステリックになったよう。
ザマーミロと思う反面、こっちにトバッチリくんなよ〜と祈るような気持ちで毎日を消化していった。
アミーゴのヒステリーバロメーターがアップするのを目の当たりにしたり、いわれないトバッチリを受けたりしながら、僕らは「プーさんリスト」の効果をまさに身をもって味わったのだった。
そこからは「プーさんリスト」のちょっとしたブーム。プーさんを講師としてみんなでリスト作りに取り組んだのだった。
コンプリートした項目を消し込む彼の筆使いは達人のよう。
終わった項目をこうやって消していくのが快感なんだよーと力強く消していくのを見ていると、たしかに気持ち良さそうで、よし僕もやってみるか!という気持ちにさせてくれる。
僕は席に戻り、残っている膨大なタスクをリストに書き込んでいく。
ダメダメ、もっと細かく書かないと!ほらリストの一番上には「毎日、リストを見る!」を書いておかないと!リストを見るのを忘れたら、何にもならないでしょ!とプーさんがシュニンを指導する声が聞こえる。
僕は出来上がったばかりの「プーさんリスト」の最後尾に「アミーゴのちょび髭あたりに正拳突き!」を追加するのを忘れなかった。
それを見ながら、ひとりニヤニヤした。
いつかみんなでリストの見せ合いっこをしよう。
みんなのリストの最後尾にはどんな事が書いてあるのか?
想像するだけで楽しくて、またニヤニヤしたのだった。