ウッセーナ、クソが!
ボロテレビに向かって吐き捨てる。そこには、バカなアイドルが「だっちゅーの!」と胸を寄せて大映り。
僕は転職活動で苦戦していた。テレビに対して、くだらないなーと鼻で笑う余裕なし。とにかく転職活動でアップアップだった。
転職活動といっても、もっぱらフロームエーを眺めるだけである。それでアップアップというのもおこがましいのだが。
当時はパソコンが一般的に普及しておらず、パソコン?あー、会社でおっさん達が昼休みに爆弾探しゲームやったり、フリーセルやったりする無駄な機械だろ、くだんねーといった認識だった。価格が高価だったこともあり、パソコンはお金のかかる趣味のもの。そんなわけで、ネットで求人情報を検索して、ウエブでエントリーシートを送信!とはいかなかった。
フロームエーが僕を下界へと導いてくれる唯一の手引書みたいな認識だった。
ハローワークに行くのはジジイだけだ、僕はそこまで落ちちゃいねえ、とくだらない自意識もあり、フロームエー一本やりだった。
フロームエーはもっぱらアルバイト情報が掲載されているのだが、よく読むと「まずはバイトから始めてみませんか?」と正社員への道を仄めかすものや「正社員登用の道あり」と具体的書いてあるものもあった。
また、なかには「正社員同時募集!」とデカデカとうたっているものもあり、侮れない。また、箸休め的にコラムも掲載されており、読み物としても楽しむことができた。
テレビや漫画を読んでいると、やべえ、やべえ、こんなことしている場合じゃねえ、仕事探さなきゃと虚しくなるのだが、フロームエーのコラムを読むぶんならば、転職活動の合間の小休憩的な感じで、罪悪感も軽減された。
そんなこんなで僕の転職活動はすなわちフロームエーを読むことであった。
「軽作業(未経験者歓迎)」
ち、くだらねえのばかりだな、だいだい、軽作業ってもガチムチの筋肉バカにとっての軽作業で、実際はコンクリブロックを山の中で積まされる仕事だ、こんなのはすでに経験済み。
駅前でハイエースに詰め込まれて、遠くの知らない山の中でこき使われたことを思い出す。
時間や肉体をすり減らすような仕事でなく、できれば経験やスキルが積み上がっていくような仕事を望んでいた。
いつものように、カビ臭い畳に寝っ転がって、パラパラやってると、チャイムがなった。
同じく無職の知り合いだ。
彼とは近所の立ち飲み屋でたまたま知り合った。
深くは知らない。
お互い金がないこと、仕事がないこと、未来が見えないこと、つまり何もないことが共通していただけだ。
なんだ、金ならねーぞ、と毒づくと、「あんたにとっておきの情報を持ってきたんや」とニヤニヤ。
くわえ煙草で「ほれ」と投げてよこしたのは、夕刊フジ。
開いた頁の赤鉛筆でマークした部分が目に入った。
◎営業。未経験者歓迎。即日採用。月40万円
いわゆる一行広告だ。
「アホか、ヤバイ案件じゃねーか、お前が行けよ、この無職が。僕はまともな仕事に就くんだよ、今度こそは」
あんたにぴったりの案件なんやがなーとぼやきながら、松田優作ばりに火力最大の百円ライターで火をつけた。
「まあ、ともかく就職活動がんばりーや、俺はあんたと違って忙しいんや、これから駅前でこれや」
パチンコのハンドルをひねる仕草。
まあ、がんばりーや、ヒッヒッヒッと場末のスナックのベテランママのような掠れた笑い声を残して去っていった。
あいつ、ちゃんと生きていけんのかなーと自分のことを棚にあげてて、寝転がって天井を見上げる。いやいや、僕こそなんとかなるのかなー、大丈夫なような気もするなー、まあ大丈夫だろうと、焦燥感を感じながらも、根拠なく逃げるようにボンヤリとした。
まあ、最悪ダメでも、さっきの月収40万円があるしな、40万円かあ、ちょっと惹かれるななどと考えていると、幾分気持ちも楽になる。
は!まさかアイツ僕を励ますために、バカな一行広告を持ってきてくれたのか?
いや、それはないだろう。
あいつはただのパチンコ依存症の借金まみれだ。
できる男とは程遠い。
僕の周りにはできる男などそもそも存在しない。ここは掃き溜めだ。
それから転職活動だと称してフロームエーを読んでは、クソみたいな案件ばかりだなあと愚痴り、頑張った自分にご褒美だと立ち飲み屋でバカ話をし、テレビに向かって「クソが!」と吠え、なんもかんも忘れて寝て、気ままに起きて、ボンヤリする、という日々を過ごした。
ちゃぶ台の上には請求書の束。そろそろ電気が止まりそう。家賃も当然滞納だ。
なんとかなんねーな、やっぱ。
溜まった請求書の山を脇に避け、取っておいた投げ込みの求人広告の裏に書き出した。
闇雲に仕事を探す(フロームエーを読む)のではなく、どんな仕事がいいのか頭を整理する必要がある。
いや、僕のような怠惰な人間は、どんな仕事が嫌なのかを考えた方が手っ取り早い。
・比較的求人の多い営業職はどうか→もうこりごりだ
・都内までの満員電車に耐えらるか→無理だ
・肉体労働はどうか?→知識と経験を蓄える仕事がしたい
・その会社と添い遂げるか→無理だ、いずれ辞めるだろう
・いずれ辞めるなら小さい会社でもいいか→どうせすぐ辞めるからOK
・高給を望むか→当たり前だ、だが営業だめ、満員電車だめ、肉体労働だめの条件よりはプライオリティは低い、つまり安くてもよい、どうせすぐ辞めるんだろうから
ここまで書き出して、ふと思った。
フロームエーに載っている案件はどうか?
やはり都内の案件が圧倒的に多い、また軽作業と称するハードな肉体労働や飲食が主体だ。
では一行広告は?
こちらも営業系と肉体労働系だ、さらにアンダーグラウンドの匂いがプンプンする。
机の傍においてあるフロームエーをなぎ払って、だめだ、だめだ、見つからないはずだ、僕が無能なのでなく、フロームエーがダメなのだ。
むーん、声にならない呻きをあげて、再び畳に横になる。
タバコを取ろうとボロテレビの方を向いた瞬間、ピン!
そうだ、満員電車に乗りたくないなら、地域を絞れ!
営業も嫌、肉体労働も嫌なら職種を絞れ!
そう、それにはうってつけのものがあるじゃないか!
そう、ボロテレビの下でいまや高さ調整として邪険に扱われているアイツ、黄色いアイツだ!
僕はボロテレビの下から、そいつを引っ張り出した。
そう、タウンページ。職業別電話帳である。
これならば近隣の会社が職業別に載っている。
くそー盲点だったなあ、とニヤニヤしながら、萎れた電話帳をめくった。
当然だが、会社がびっしりだ。
営業でなくて、肉体労働でなくて、知識が増えて、経験が詰めて、それらが将来的に武器になるような仕事、そして、あわよくば将来、独立してやれる仕事として、ボンヤリと思い描いているものがあった。
社会保険労務士事務所か行政書士事務所だ。(会計事務所や司法書士事務所はなんとなく敷居が高いと感じていた)
とりあえず感覚で行政書士事務所に決めた。
さっそくページをめくる。
それほど大量ではないが、たしかに掲載されている。
ここで問題発生。
そう、どの事務所が人を募集しているか皆目見当がつかないのだ。
当たり前であるが。
そこは前職で鍛えた電話営業の経験が生きる。とにかく、電話をかけまくれば、いずれは僕を必要としてくれる事務所が見つかろうというもの。
よし、あ行からだ!
各行で一社の割合で面接にこぎつけると仮定すれば、50音あるわけだから、50社は面接まで行ける。
それだけ受ければ、流石に決まるであろう。
非常にイージーだ。
なんと秀逸なアイデアであろう。
ニヤニヤ笑いがこみ上げてくる。
しまいには調子にのって、だっちゅーの!と独り言。
「突然のお電話、失礼いたします。私、タケオと申します。ただいま転職先を探しておりまして、御社では人員の募集は行なっておられないでしょうか?」
「はい、それでしたら、来週の月曜日に弊社までお越しください」
と、簡単なイメージトレーニングを行い、タバコのヤニでベタつく電話をプッシュした。
プルプルプループルプルプループルプルプループルプルプルー
??
出やしない!
平日の真昼間に電話にも出やしない事務所なんてこちらから願い下げだ。
二件目。
プルプルプルー
プルプルプルー!
プルプルプルー!!
プルプルプルー!!!
プルプルプルプルプルプルプルプルプルー!!!!
なぜに出ない!!!
つづく三件目も同様だった。
あー!めんどくせーなー!
とゴロンと横になる。
行政書士業界は電話に出ないのが普通なのか?
この電話作戦自体が失敗なのではないかと疑心と不安が膨れ上がる。
おそらく一人事務所で外出しているために出れないのか?(転送サービスぐらい付けろよ)
あるいはおじいちゃん事務所で開店休業状態になっているのか?
さまざま思い巡らしながらも、だんだんうんざりしてきた。
いやいや、このまま立ち飲み屋に行っちまったら、また1日が終わってしまう。
とにかく今日はあ行だけでも終わらせようと、気を取り直して、改めて取り掛かることにした。
プルプルプルー
ガチャ。
お!やっとまともなところに当たったぞ。
「私、タケオと申します。転職活動…」
「いま、間に合っております!(怒)」
最後まで聞けよ!
つぎ!
プルプルプルー
ガチャ。
「私、タケオと申します、かくかくしかじか…」
「いりません!(怒)」
アホか!セールスと間違ってやがる。
つぎ!
プルプルプルー
ガチャ
「申し訳ございません、ただいま所長が外出しておりまして(すまし声)」
うん?お前が所長だろ!
居留守を使うとこなど願い下げ。
つぎ!
プルプルプルー
ガチャ
「申し訳ないですねー、つい先日採用しちゃったばかりなんだよねー」
嘘をつけ、嘘を!
つぎ!
久々の電話アポ取りは精神に応える。
営業時代はきつく当たられても、売り込んでいる商品あるいは会社に対してきつく当たっているんだろうと納得もできたが、自分を売り込む段になって、当たりがきついと「僕のこと、そんなに嫌いなの?」と一層応える。
鉛筆で横棒をひいて消していった会社がかなり増えてきた。よく見るとまもなく「あ行」が終わってしまう!各行で一社面接ゲットという目論見が外れては、たまらない。
時計を見ると、そろそろ16時。
あまりに遅くに電話するのは気がひける。
ボヤボヤしているヒマはない。
気合いを入れて、ページをめくり、つぎの会社に電話した。
プルプルプルー
ガチャ
「ありがとうございます。アミーゴ法務事務所です」
と若い男の声。すこしオカマっぽいか?いずれにせよ、一人事務所やおじいちゃん事務所ではなさそうだ。
「私、タケオと申します、かくかくしかじか…」
「少々お待ちください、ただいま担当者に代わりますので」
え!
担当者なんているの!これは当たりかもしれないと、ドキドキ。
「お待たせしました、所長のアミーゴです」
と、ダンディな低音ボイス。
「私、タケオと申します、かくかくしかじか…」
「なるほど。誠に残念ですが、弊社では現在、募集しておりません」
そっかー、しかたないか・・・と諦めかけたその時、
「ところで弊社のことは、どこでお知りになったのですか?」と低音ボイス。
「実は電話帳で調べまして。失礼な話ですが、とりあえず電話させていただいたという次第です」と、さらに悪印象与えたかなと思いながら答えた。
「ほう、それは、なかなか…」
無礼ですよね?やっぱ・・・
「熱意がありますね」
え?
「そういう、まっすぐな姿勢は私は好きだな」
おお!
「採用はできないと思うけど、もし良かったら、明日事務所にお越しいただきたい、一度お会いしたいと思います」
おおおお!
「よよ、よろしく、おお、おねがいしましゅ!」と噛みながらドモリながら、即答した。
若干、オネエっぽいが、きちんと電話応対ができる男性職員がいて、ダンディ低音ボイスの所長がいるのはわかった。
他にも職員はいるだろうか?
みんなスーツをビシッと決めて、クールに仕事をしているのかしら?
ロマンスグレーのダンディな所長のもとで、知的なプロジェクトを次々と決めているのかしら?
オフィスはオシャレで熱帯魚なんか飼っているのかしら?
と妄想がどんどん膨らんでいく。
採用できないと思うけど、遊びにおいで、ぐらいの約束に過ぎないのだが、気分は上々、もう今日の転職活動はおしまいだ、あまりにこんを詰めるのは、よくなかろう、よし、こうなったら今日は前祝いだ、頑張った自分に乾杯だと行きつけの立ち飲み屋に繰り出した。
立ち飲み屋でいつもの150円のサワーと塩キャベツを注文し、就職決まりそうなんだと、馴染みの酔客相手に有頂天。
なんだか大きなことを成し遂げた気持ちになり、その夜は愉快に大いに飲んだ。
散々飲んだ帰り路、明るい月を見上げ、悪くない夜だと思った。
※続きます。
コメント
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