PCを使うと成長できない、とボスから温かい言葉をいただいた

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前にブラック事務所アミーゴについて何回かに分けて書いた。その頃のことを思い出しながら改めて書いていこうと思う。

これはかなり前の話だ。まだ僕らは団塊ジュニアと呼ばれていた。そう、いまではロスジェネと呼ばれている。いつかはいいことがあるに違いないとマヌケにも信じていたころの話だ。

ミスを挽回する為の残業は残業として認めない、認めてしまったらミスをせずに残業しないで頑張っている人に申し訳ないではないか!不平等じゃないか!という謎理論を振りかざすアミーゴ先生。新自由主義とか大阪維新とか自己責任論とかがもてはやされるずっと前の話であるから、そういった意味で時代を先取りしていたといえよう。小泉旋風が巻き起こり、その後、大阪維新の会が大躍進したことを考えるとアミーゴ先生の謎理論もある一定層の人々には受け入れられるのかもしれない。(それはそれで恐ろしいことだ。こんな日本に誰がした?)

さらに、昔はみんな手書きだった、手書きする事で能力が向上する!パソコンで仕事をしようとする奴は能力向上の機会を自ら放棄する馬鹿者である、という謎理論パート2によって、僕らはパソコンすら与えられないクソ環境で残業地獄に苦しんでいた。

僕はパソコンを自前で調達し(吹けば飛ぶような薄給であったため、苦労した。なんせ額面14万円だからな)、こっそりexcelで計算した結果を手書きで表に書き込み、さも手書きで全部やりましたよと偽装するという裏技を駆使して乗り切っていた。いま思うとパソコンを使えるようになり得した事あれど、損した事など何もなかったし、むしろこの頃パソコンを必死で覚えなければ、転職すらもできなかっただろうことを思うと、パソコン購入費用をケチるというのは表の顔で、実際はパソコンスキルをつけさせないことにより、この地獄から逃がさないというのが、本来の意図だったとしたら、まったく恐ろしい企みである。

パソコンを自前で買い込み、「手書き偽装作戦」をはじめて数ヶ月が経った頃のこと。

その日もプーさんは怒られていた。

別に彼に問題があるわけでない。ストレスのはけ口は誰でも良いのだろうが、サンドバッグとしてのプーさんはアミーゴにばっちりフィットしたようで、心地よい殴り心地を満喫するかのように嬉々として怒りをぶつけていた。

僕らはプーさんを気の毒に思いながらも、内心自分でなくてよかったという思いもあり、非常に心苦しい。

明日食う金もない中、みんなでストライキを起こすわけにもいかず、どんな暴君でも耐えざるを得ない。頭のてっぺんまで奴隷根性が染み付いた、蟹工船の乗組員だ。

そんなわけで、心苦しさを誤魔化すために、あるいはいつ自分がサンドバッグ役になるかわからない恐怖を打ち消すために、サンドバッグとして打たれている間に滞ったプーさんの仕事をみんなでカバーするというのが、この頃のルーティンとなっていた。

夜8時が過ぎ、そろそろプーさんの溜まった仕事に取り掛かろうと眠い目を擦りながら近づくと、嫌な脂汗をかいている彼が目に入った。資料をあっちこっちひっくり返している。ずいぶん焦っているようだ。

「よう、大正設備の申請書の進み具合はどうよ」と声をかけると、やっちまいました、と小さい声。

これからみんなでやれば、何とか間に合うでしょとヨッちゃん(オカマ疑惑あり)も寄ってきた。

シュニン(名ばかり主任)が、あと一踏ん張り頑張ろうよとアクビをしながら声をあげる。

やっちまいました…

プーさんがつぶやく。

ん?

みんなが顔を見合わせる。

事業年度を間違えて集計してしまいました!もう間に合いません!!

大正設備は12月決算、つまり1〜12月で集計して申請書を作るべきところを勘違いして4〜3月で作ってしまったということだ。

ええ!じゃあ全部やり直しじゃない!

明日、締切日だろ!

騒然とする中、プーさんの顔は気の毒なくらい脂汗がびっしりだ。他人から見ても嫌な汗をかいていることがわかる。

クソ!手書きじゃなけりゃな、excelなら簡単に再集計できるんだが…

「最悪、やり直すにしてもexcelに打ち直した方が速いし正確だよ、俺、家に行ってパソコン取ってくるよ、1時間以内に戻ってくるからさ」と僕は居ても立っても居られず椅子から腰を浮かしながら言った。

そう、パソコンを持っているのは僕だけだ。今のところ、何とかexcelが使えるのも僕だけである。

とにかく時間がない。徹夜しても終わるかどうかだ。

事務所を飛び出そうと立ち上がりかけた瞬間、

ちょっと待って!

とヨッちゃんとシュニンが同時に叫んだ。

二人ともカバンから弁当箱のような黒い分厚いノートパソコンを取り出した。

「実は私たちも買ったのよ、タケオ君に習おうと思ってたまたま持ってきてたのよ」

ヨッちゃんとシュニンはイタズラが見つかった子供のように、なんだか照れ臭そうに分厚いパソコンを机に置いた。

呆気にとられる僕とプーさんをよそに、さあ、取り掛かるわよ!とヨッちゃんが威勢のいい声を上げる。

プーさんはまず資料を全部机の上に出しなさい、みんなで年度ごとに分けるわよ!プーさんはその間にコンビニでおにぎり買ってきて!さあ、やるわよ!今夜は徹夜よ!

シュニンは腕まくりをしながら大事そうに分厚い(今思うとかなりダサい)ノートパソコンを開く。

プーさんが汗をかきながら資料を並べている。もう脂汗でも嫌な汗でもない。

僕は、その間にヨッちゃんとシュニンにexcelの大まかな使い方を教えた。二人ともまだダイビングが不慣れなので、資料番号と日付と金額だけを打ち込むことにした。

二人が打ち込んだデータを僕が合算し集計し、集計結果を手書きで手分けして書類に写し終わった頃、外は薄っすらと明るくなっていた。

ふー!何とか終わりましたねーとプーさんが呑気な声をあげる、なに言ってんだ、元はと言えばお前のドジのせいだろとシュニンはプーさんのでっぷりとしたアゴに地獄突きを軽く入れる、ヨッちゃんは目立つ青ヒゲをさすりながら笑っていた。僕は僕で何とも言えない充実感に満たされながら、朝の鳥の声を聴いていた。

それから数年後、スティーブ・ジョブズが封筒からMacBookを取り出すパフォーマンスが話題となったが、僕はそれを見ながら、MacBookとは比較にならない分厚く不細工な安物のパソコンをくたびれたカバンの中から照れ臭そうに取り出すヨッちゃんとシュニンのことを久しぶりに思い出した。

僕にとっては、MacBookより安物の分厚いやつが、スティーブ・ジョブズの哲学者ぶった笑顔より彼らの照れ笑いが、ずっとずっとクソかっこいい。クソダサく、クソカッコいいと今でも思っているのだ。

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