今日の働かないおじさん

当社にも、いわゆる「働かないおじさん」がいる、それも天下りの高給取りだ。

この「おじさん」はとにかく空気が読めない人で、僕が休日出勤でヒイヒイ言っているときに、「いやー休んでいてもやることなくてさー」とわざわざ出てきて、ひとしきり無駄話をして(僕の仕事の邪魔をして)帰っていくのだ。おじさんは金持ちなので山手線内に持ち家があり、電車で2駅なので、無駄にフットワークが軽い。(その分、身体は醜く太っているが)

非常に高い給与をもらいながら、毎日ネットサーフィン三昧からの喫煙室で長時間の井戸端会議。海外出張に出ればビジネスクラスでシャンパン飲んでご機嫌、現地に着いたらゴルフコンペにハッスルだ。

先日、彼が「おい!」と大声で怒り気味に呼びつけるので、溜まりに溜まった仕事と迫りくる期限できりきり舞いの最中に駆けつけると、エクセル(自分の体重管理用)の罫線の引き方がわからないから、どうにかせよと、吐き捨てて席を立つ。つまり、喫煙室で井戸端会議をしてくるので、その間になんとかせよということだ。僕にスキルがあれば、悪質なウイルスソフトでも仕込んでやりたいところだ。

世の中の「仕事しないおじさん」がどのような生態なのかわからないが、当社の「それ」は仕事しないどころか、逆に無駄な仕事を作り、くだらない無駄話を延々と繰り返す時間泥棒である。

仕事しないのだし、時間泥棒だから、そのうちクビになるだろうと周りの者たちは噂しているが、残念ながら彼はずっと残るだろう。会社がリストラを断行する際に真っ先に切られるのは僕らのような実務部隊だ。首切りリストを作るのは喫煙室コミュニティでせっせと存在感をアピールしている「おじさん」だろう。週末のゴルフで偉い人のパターを磨いている「おじさん」が僕らの明日を決める。

話は変わるが、コロナウイルスによる景気低迷があらわになってきた。リーマンショックのときも、実際のショックは遅れてやってきた。まず株価が下がり始めた。情報に疎い僕は「株が下がってなんか問題あんの?ぜんぜんキョーミねーし」とたかを括っていた。

それから半年ぐらいしてからだ、当時勤めていた工場が週休3日になったのは。

そこからが早かった。週休3日に無邪気に喜んだのも束の間、月の半分の操業停止、希望退職の募集、工場閉鎖、それに伴う大量のリストラ。

僕も今はこうして運良く仕事を得ているが、コロナショックはあのときのリーマンショックの苦い思い出を思い起こさせる。もしかしたら、不穏な空気はあの時以上かもしれない。本当のショックはあの時と同じように遅れてやってくるとしたら、もしかしたら夏あたりから地獄が始まるのかもしれない。灼熱の地獄だ。

その時も「おじさん」は悠々と「世の中大変だねー」とネットサーフィンをしているに違いない。灼熱地獄で焼かれるのは残念ながら僕のような実務者だ、残念ながら今日も残業で苦しんでいるあなただ。僕らは取り替えの効く部品でしかない。

午後はネットサーフィンしながらお昼寝するのが「おじさん」の日課であるが、コロナ以降はすこぶるフットワークが軽い。大声で社内、社外問わずに電話をかけまくり情報収集に余念がない。また頻繁に喫煙室に出向き、井戸端会議への出席も甚だしい。同僚らは顔をしかめているが、危機回避能力が凄まじく高い、むしろそれだけで生き残ってきたといっても過言でない彼の動きを見るに、もしかしたらリストラも近いんじゃないかな…と嫌な予感がするのだ。

そんな憎っくき「おじさん」だが、今週はひどく元気がない。

ここで、ふと1ヶ月ほど前のことを思い出した。

「おじさん」が珍しく複合機の前でえっちらおっちらコピーを取っていた。邪魔くせーなーと思いながらも、下手に視界に捉えられるとコピー取りの手伝いをさせられかねない。気配を消して自席に戻り、「おじさん」が作業を終えるのも知らんぷりで待っていた。

なんだかずいぶん時間がかかったようだが、自力で最後までやり遂げたようだ。

自分の番となり複合機でプリントアウトした資料を見て、あらびっくり。彼の忘れ物の「配当金支払明細書」が紛れていた……。

自分の確定申告の作業をしとたっんかい!自分でコピー取るようになって感心だなーと思ってしまった自分が憎い。

そんなことを思い出したのだが、これが彼が元気がない原因である。

そう、コロナショックによる株価の急落だ。

おそらく月々の高給に加えて、多額の退職金の持つ彼は、アベノミクスに乗っかって多額の資金を株に投資しているのであろう。

コロナの出始めはネットサーフィンで得た情報を得意げに大声で話したり、喫煙室での井戸端会議がお盛んで、むしろはしゃいでいるようにさえ見えたが、コロナショックによる株価大暴落により自身の資産が毀損したのである。

ザマアミロだ。

以前はネットで見つけた新たな情報を大声で「コロナウイルスはお湯を飲むのがいいらしいぞー」と喚いていたのが、いまはパソコンと睨めっこしてアップアップしている。

ザマアミロだ。

株価下落と景気後退により最終的に職を失うのはリーマンショックの時と同じ、間違いなく僕らであろう。

それでもいいじゃないか。僕らだけが焼かれるのでなく、のうのうと逃げ切りを決め込んでいる「おじさん」達も一緒に焼かれるのならば。

大昔から格差の是正は政治が担ってきたわけではないそうだ。格差の是正は「戦争と革命と疫病」によってなされてきたという。

まさに今回がその格差の是正のタイミングならば、持たざる者は恐れることはない。

奴らと一緒に灼熱の地獄で焼かれようじゃないか!

そんなポジティブな気持ちを持って、僕らは今日も危険な満員電車に乗り込むのだ。

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