ブラック企業の上のほうに暴君と女帝と宦官がいる

仕事

後輩くんが暗い顔をして遠い目をしてパソコン画面を眺めていたので、「なにかあった?」と声をかけた。また「ナンタイゴー」に詰められたとのこと。それを聞いて、後輩くんには気の毒だが「関わりたくねー!」と脊髄反射的に思ってしまった。

ナンタイゴーとは弊社の購買部に君臨する女帝である。

ブラック企業のワンマン社長の御威光を借りてギンギラギンに輝き、僕らのような下々のものは眩しくて目を開けていられないほど。九州出身の彼女は南から来た西太后、すなわち南太后と呼ばれて、下々のものを恐れおののかせている。

後輩くんがいうには、内線に出たところ、いきなり

「フゼケルンジャナイ!!!」

とナンタイゴーの金切り声。

そこからマシンガンの如く罵詈雑言を浴びせられたので、彼としても納得がいかず、「その件については・・・」と口を挟もうとしたところ、

「イマ、ワタシガ、ハナシテル!!!クチをトジロ!!!!ワタシをダレダトオモッテル!!!!!」

と絶叫からのガチャ切り・・・

そもそもの原因は後輩くんが送ったナンタイゴー宛のメール。どんなひどい内容なのかと思って、みせてもらったところ、特になんてことはない業務連絡だ。これのどこが??と首をかしげていると、問題はそこじゃないんですよと後輩くんが指をさす。一番最初の先頭だ。

ナンタイゴー本部長
お疲れさまです。○○です。

それでもやはりわからない。なにが問題なのだ??

「ここです・・・」

後輩くんの指がディスプレイにめり込む。

ナンタイゴー部長

その瞬間、僕は「そこか!やっちまったな!」と膝を打った。

弊社では部長以上の役職者に対しては、役職名の後ろに殿や様をつけなければならないというローカルかつ暗黙なルールがあるのだ。

つまり、部長殿部長様と書く必要がある。

これについては、僕や後輩くんのような中途採用者にはなかなか馴染めず、ついつい敬称なしでメールを書き始めてしまう。

だってそうだろ?部長さん社長さんって呼ぶか?

世の中の常識で「シャチョーさん!」っていう?

場末のフィリピンパブじゃあるまいし・・・

控えめにいってクソルールである。くっそタレである。

こんなくだらねえローカルルールをうっかり破ったぐらいでキチガイのごとく怒り狂うナンタイゴーはやはりイカレテル。「うわ!関わりたくねー!メンドクセー!」と強く強く思ったのだが、後輩くんの加速するお面ヅラに、さすがにやばいと思い、一緒にナンタイゴー様に謁見しお許しを乞うことになった。

会議室の行くとどデカい会議机のど真ん中にどデカい顔の女が座って待っていた。目の周りがうっすらと黒い。その顔は凶悪にして極悪。(化粧をしたSWS冬木を想像していただければいいかな)

この度はまことに・・・・と後輩くんがおどおどしながら、話しかけたとたん、

「ワタシ!ヲ!ダレ!ダト!オモッテルゥゥゥ!!!!」

髪を乱しながら、目を逆三角形にしながら、唇の端に泡を溜めながら、鼻息荒く、喚く姿はまさに狂女。まさに理不尽大王だ。

理不尽大王のお説教の中身をまとめると・・・

・この素晴らしいルールを始めたのは社長様だ。

・このルールにより指揮命令系統がはっきりし組織運営が円滑になっておる。

・ゆえにこのルールは意味のあるルールだ。

・お前たち外様組はこのルールを軽んじている。

・ゆえにお前たち外様組はクソなのだ。

・そのクソの代表選手はお前とお前だ(後輩くんと僕)

・そのクソを少しでもマシなクソにしてやるために時間を投資している。

・ありがたく思え!

そう。そもそもこの村の掟をやり始めたのは社長だ。あの社長のことだ。具体的な指示というよりも、婉曲に遠回しにこのやり方を始め、そして掟として定着させていったのだろう。僕が入社したときには、この掟がすっかり浸透していた。

あの社長がブラックでゲスでサイコなのはわかっているが、このようなロクでもない村の掟を定着させるにいたったのは彼ひとりの力だろうか?すべてが彼の責任?

社長の周りにいる男性幹部社員は全員イエスマン。骨抜きの玉無しだ。「肩にゴミが・・・」と嫌な笑いを貼りつかせて内股で近づき、社長の肩についたホコリをいそいそと小指を立ててつまみ上げるほどの玉無しだ。(これはドラマの世界の話ではない、現実に目の前で見て僕も仰天した)

そして、周りにいる女性幹部社員は全員が怒鳴り噛みつき吠える。まるでミニチュア版社長のように。その代表格がナンタイゴーである。

一人の暴君がいる。その周りの女たちは全員女帝になり、その周りの男たちは全員宦官になる。

社長ひとりでこの帝国が完成したのでなく、暴君と女帝と宦官のかたまりでクソなルールが張り巡らされた悪の帝国が構築されているのだ。

僕はそんなことを思いながら、ナンタイゴーの終わらない説教をやり過ごしていた。

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